「A」なのに「B」ですごい。という褒め方、よく使われる褒め方ではあると思います。
ケースによってこれは人を傷つけることが多いと思っていまして、事実やってしまっているので自戒も込めて書いています。例えば、「A」なのに「B」ですごい。は以下のように使われます。
- 「雨」なのに「買い物に行ってくれて」ありがとう
- 「期日が短い」のに「綺麗に仕上げてくれて」すごい
- 「風邪ひいていた」のに「返信いただいて」助かりました
- 「全然ドキュメントない」のに「仕様を汲んで機能開発をなしてくれて」ありがとう。
この表現、この「A」の部分が「障壁」として表現されます。そのため、「A」が変えることができない/変えたくない性質や好み、意思である場合に、この表現は圧倒的に人を傷つけやすくなります。
- 「結婚した/子供が生まれた」のに「仕事のパフォーマンス落ちなくて」すごいね
- 「20代」なのに「しっかりしていて」すごね
- 「地方出身」なのに「東京に馴染めていて」すごいね
- 「コンピューターサイエンス専攻していない」のに「CTOやっていて」すごいね
- 「日本人」なのに「英語喋れて」すごいね
- 「エンジニア」なのに「プレゼンテーション能力があって」すごいね
- 「新卒/中途」なのに「こんな成果を出してくれて」すごいね
僕の事例も一部含めて雑に書いてみました(念の為: 職場で言われたわけではない)。「A」であることに自分自身誇りや、変えられないアイデンティティを持っているにもかかわらず、「A」を足枷のように言われて、嬉しいケースはかなり限定的です。変えられない「A」を制約として捉えられている固定観念に恐ろしさすら感じるのではないでしょうか。
これが国籍や生物学的多様性(人種/性別)だったりすると尚の事かなと思います。例に書くのも憚られた「『女性』なのに『XXXで活躍していてすごいですね』」のような表現は世間/メディアで稀に聞くことがあり、僕自身当事者ではないにしろ毎回聞くだけで嫌気がさす表現だなと感じています。
「AなのにBですごい」という表現は「B」において「A」を否定してる・ネガティブだと思っている、という意味を持つことにしっかり意識を向けて、気をつけて使っていきたいと思っています。